2013年

3月

28日

№6 性善説・性悪説

さて、最近思うところあり、やっぱり書きます。

 

人間の本質は善か・悪か?について・・・

 

前々回、「№4ワルモノはワルモノか」で

ワルモノなあなたもオッケーです。と、

ワルイ自分をも受け入れてあげましょうと伝えましたが

 

抵抗を感じている方もいるかもしれません。

 

それは例えば、

 

悪いことは悪いでしょ。

悪いことを許してしまうと、犯罪はどんどん広がってしまうし

何でもアリになってはいけないのではないか。

 

ワルイ自分を受け入れると、人も、泥棒も、略奪も、強姦だってありになってしまう。

それでは被害者がかわいそうで、抑制するために善悪があるだから

ワルイ自分を受け入れてしまってはいけないのではないか。

 

ごもっともであり、ちょっと違うかな。

 

確かに犯罪を犯すことはいけません。被害者が出るからです。

元夫がやらかしたように、周りはめちゃくちゃになります。

 

 

さて、あなたは人間の本質は「善」だと思う?それとも「悪」?

 

もしあなたが、人とは本質的に「善」であると捉えているなら

人のことを信じられるので、心穏やかに接する事ができるでしょう。

もし怒りをぶつけてきても「何かあったに違いない」となり

盗みを働いたとしても、「お金に困っているのかな」と捉え、

その人の助けになる事をするのかもしれません。

 

もし今あなたに心から信頼している人が居るなら

その人の事を想像するとわかり易いのではないでしょうか。

 

人とは善でもなく、悪でもなく

どちらも兼ね備えている存在です。

 

どちらもあります。

環境や状況により、今はどちらかが際立って表面化しているかだけです。

 

このまま戦場に駆り出されたら、人を殺すかもしれません。

逃げ出して戦犯として追われる身になるのかもしれません。

異常をきたして犯罪を犯すかもしれません。

罪から改心し、残りの生涯は善行に務めるかもしれません。

 

人は、善も悪もどちらもあります。

 

 

そして人を「悪」だと捉える心と、「悪」を否定する心で

一番苦しくなるのは、自分自身です。

 

あなたがもし人を本質的に「悪」であると捉えているなら

人を信じることが出来ず、警戒心を持って接するでしょう。

そして、怒りをぶつける人や盗みを働く人は怖いけれど

それこそが人間の姿だから、被害を受けないように 人との距離を持ち、

心を開く事も、親しみを持つ事も出来ないでしょう。

 

そしてあなたが「ワルイ自分を受け入れられない」理由は

 

もしかして、自分や、他の誰かの事を

許せずにいるのかもしれません。

 

女の子の靴に画鋲を入れて、怪我をさせてしまった4年生の自分を

「何でやったの?」と責め続ける、今の自分

 

大好きな彼に振られたのは自分のせいだ、と

10年以上たっても責め続けている、今の自分

 

酔っ払っては暴力を振るっていた父親のことを、

死んで今はいないのに、怒りに捉われている自分

 

セッションにより潜在意識に入ると、

様々な辛い過去にたどり着きます。

 

そこでどんな過去であろうと、理解しようと勤めた時

仕方が無かったのだと許しを選択した時

深い癒しがはじまります。

 

 

 

人間とは常に何かを決定する存在だ。

人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時にガス室の中に入っても

毅然として祈りの言葉を口にする存在であるのだ。

(ヴィクトール・Eフランクル)

 

 

 

(まとめ)

  人間は誰しも、善でも悪でもあるという事実

 

 

ネガティブを真正面から直視し、理解し、受け入れた時

解放され、その出来事を経験として捉える事ができるのです。

 

 

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