2013年

9月

05日

№31 共依存について

他人が気になって仕方ない人たち
他人が気になって仕方ない人たち

前回、過去の書き換え(後悔)について

 

自分でやったワークを書こうと思ったのですが・・

止めました。まず根本に気づいちゃいました。

 

なぜ後悔をしていたかというと・・・

私の罪悪感が引き起こしていたものでした。

 

そしてその罪悪感の元は・・「共依存」でした。

 

 

げげ!!

後悔の書き換えも大事だけど、

元凶を見ずして偉そうに

 

上っ面だけでワークを書くところでした。

 

 

共依存とは、

「つらい人間関係にしがみつき、自分が犠牲になったり

 逆に相手を思い通りにコントロールすることで

 自分の感情が満たされると思い込んでいること」

 

相手との境界線ができていない状態で、

 

過度に相手の顔色を伺い、感情に振り回され

コントロールしようとしては失敗し

お互いの自立を無意識で阻んでいる状態。

 

 

娘は反抗という形で、ちゃんと境界線を引こうとしていたのに

愛情という名で縛り、心配すると言う名目で

本来自分が解決するべく問題に立ち入っていたようです。

 

依存の反対は自立ではなく、相互依存。

 

人とのバランスが取れ、打ち解け、自分の弱みもさらけ出し

 他人の力を借りなくても自分が成長できるという

セルフイメージを持っている上で、

一緒にいるということ。

 

 

まったく入り込みすぎていました。

 

 相手との境界線を引くことは、

いつも顔色を伺って生きてきた癖のある

私にとっては、

 

苦手な課題でした。

 

私は商売で忙しい両親の元に産まれ

大人しく、いない子のように育ったので

親の顔色に異常に敏感になっていて

 

その癖が残っていたのです。

 

「共依存」の元には、満たされないインナーチャイルドがいます。

 

 

娘との関係性は、まだ放置したままのインナーチャイルドが

私に知らせていただけでした。

 

何度も自分と向き合っているのですが、

人との境界線を引くのはあまり得意ではありません。

 

引きすぎたり、入り込みすぎたりを繰り返している自分がいます。

 

 

それでも、自分にいつも問いかけ

ガタガタとしながらでもいつでも引きなおすことができる。

 

これは、自分の感情なのか、相手の感情なのか。

相手の顔色を伺って自分の行動を変えようとしてないか。

本人ができることまでやろうとしていないか・・。

 

 

さて、

今の貴方の悩みって、本当に貴方の悩みですか?

 


ゲシュタルトの祈り

 

私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。
私は何もあなたの期待に応えるために、この世に生きているわけじゃない。
そして、あなたも私の期待に応えるために、この世にいるわけじゃない。
私は私。あなたはあなた。


でも、偶然が私たちを出会わせるなら、それは素敵なこと。

たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいこと。

 

 

 

まとめ

 わたしはわたし、あなたはあなた。一緒でも別々でもそれで幸せ